ビーチバレーボール・石井美樹選手

バレーボールが導く石井美樹選手の人生。ゴールはパリの笑顔だ!

「バレーボールは私にとって、人生を変えてくれるスポーツだと思っています。」

物心ついた時から石井選手の側にはバレーボールがあった。傍目には高校、実業団と順調に進んでいるように見えたキャリアだが、石井選手は6人制でのさらなる上積みに限界を感じていた。それがビーチバレーボールは違った。「インドアだと172センチだと小さくて代表には選ばれない感じだったが、ビーチバレーは、そういうのがない。みんなに平等で、代表になれる可能性がある競技だなと思っています。」スポーツ選手ならだれもが夢見るオリンピックへの道。6人制では諦めていた日本代表が見えてきた時、石井選手の人生は大きく変わる。

「ビーチバレーの魅力は、本当に一個のプレーに対して限界がないと思っていて、本当に飽き性なんで、ビーチバレーは風もあったりとか、砂が深かったりとかもするので、そういうので技術がぜんぜん違う技術になってくるので、本当にいろんな技術をやっていく、本当に限界がないところが、私をたぶん奮い立たせているんだと思います。」プレーする人数が2人で選手交代もない。1人でカバーしなければならない範囲は当然広く、砂地は動きづらく、屋外は日差しや風、砂質も大きく影響する。やればやるほど奥深い、それがビーチバレーなのだ。

スパイクもレシーブもトスも、ひとり何役もこなすビーチバレーでトップに立つために石井選手は全てのプレーを極めようとした。「周りの選手達よりも年数が少ないので、ボールを単純に触っている回数が少ないので、その人達に追い越そうと思った時にやっぱり回数を触んなきゃなと思って、スパイクにしてもトスにしてもサーブにしても、もう本当に本数をずっと、感覚が良くなるまでずっとやってるっていう感じでした。練習量はもう半端ないです。午前3時間、午後3時間、もしくは4時間、7時間ぐらいはやってます。でもそれでも足りないって思ってました。自分の中では。」

そこまでやっても、オリンピックで1勝は遠かった。(不戦勝ではないという意味で)生来の負けず嫌いは、東京オリンピックで引退を考えていた石井選手をパリへと向かわせた。「もういいやって思って選手村を出た瞬間にちょっと寂しくなっちゃって、私まだビーチバレー続けた方がいいなって思ったのと、1勝も出来なくて東京オリンピック終わっちゃったので、ちょっと悔しいっていう思いもあって、パリまで3年あったので、3年はあっという間だなと考えた時にパリ目指そうって思ってすぐ動き出しました。」

今、またバレーボールが石井選手の人生を大きく変えようとしている。パリで選手村を笑顔出る石井選手のゴールを見たいものだ。

モリタニブンペイ