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スポーツジャーナリスト・モリタニブンペイが、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。豊富なスポーツ取材経験を生かし、分かりやすい言葉でスポーツの本質に迫ります。ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、 リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。
アスリート出演情報は番組ツイッターで @HeroesLandmark アスリートへの質問は lsh@fmyokohama.jp

Hero’s Music

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モリタニブンペイ

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安藤咲良

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『 Circles  /  SEVENTEEN 』

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富士通レッドウェーブの内尾聡菜選手のHero's Musicは、SEVENTEENの『Circles』。「この曲は、SEVENTEENさんって13人いるんですけど、自分達もグループで行動していて、その中で今はつらいけど前向いて頑張っていこうっていう感じの曲で、私が昨シーズン体調不良で何回も離脱している時に出会った曲で、それで今落ち込んでいるけど、前向いてみんなで頑張っていこうよって言って、好きな歌詞があるんですけど、忘れないで僕達はいつでも一緒だということを、変わらない君の手を離さないからっていう歌詞があるんですけど、本当に励まされた曲です。」

人生を楽しむ人がスポーツヒーロー

東京オリンピックで人生一回終わったと思った原田選手が追い求めるもの!

スポーツクライミング・原田海選手へのインタビュー。一番驚いたのは、東京オリンピックはどういう体験だったかという質問への「人生一回終わったぐらいの感覚」という原田選手の答えだ。思わず、どういう意味か聞き直した。「ケガとかに苦しんでいた時期もあって、周りからの目とかも凄いたくさん浴びて、全部含めて終わったなっていう。何だろう、自分に戻ったと言うか、終わるまでは自分自身そう感じてなかったんですけど、やっぱり終わってみると重圧っていうかプレッシャーとかそういうのを感じてたんだなと思いましたね。」人の一生分の経験をしたということだったわけだ。オリンピックがアスリートにとって、いかに大きな意味を持つ大会なのかを考えさせられた。

そもそも原田選手が競技としてのスポーツクライミングに取り組んだのは高校生になってから。それから4年でオリンピック代表になった。これは原田選手だから成しえた驚異のスピードだ。競技者以前、原田選手はお母さんが、偶然家の近くに見つけてきたジムでスポーツクライミングを始め、30代、40代のおじさんばかりに囲まれて、純粋に楽しいスポーツとして上達していった。ジムで得た一番のことは技術ではなく、「楽しむ心を忘れない」ことだったという。コーチや先生の指導の下やらされるのではなく、自ら選んで、自らの意思で取り組んだからこそ、ここまで上達出来たというのだ。

原田選手のスポーツヒーローとは「人生を楽しんでいる人」。自宅近くのジムでスポーツクライミングに出会い、10代の少年をひとりのクライミング仲間として扱う素敵な大人に囲まれて、楽しい、楽しいで上達した原田選手が一番大切にしてきた部分とオリンピックで期待に応えることには開きがあったのではないだろうか。

オリンピックで他の人が一生かかっても得られない経験をした原田選手だが、燃え尽きた訳ではない。むしろ逆。今、してみたいことはありますかという問いに「それこそ競技。まずはトップの代表に復帰して、選手としてのキャリアを復活させることが目標にはなっていますね。」

将来的にはスポーツクライミングの普及をしたいという原田選手。オリンピックなどの大きな大会で結果を残すことが、競技普及のための一番の近道だということもオリンピックを経験した者だからこそ痛感していた。

原田選手が競技者の後の一番の目標とするスポーツクライミングの普及のために、ご自身が競技者として結果を残すことと、ずっと大切にしてきた原田選手らしい楽しさを両立させる道を見つけていって欲しい、強くそう思った。

                       モリタニブンペイ

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来週のゲスト

植木理子選手

(日テレ・東京ベルディベレーザ

植木理子選手は川崎市出身の23才。

小学校5年生の時にAC等々力のサッカー体験会をきっかけに入団。

2012年に日テレ・ベレーザ下部組織のメニーナ・セリアスに入団。

チームではエースとしてセリアス、メニーナ、ベレーザのタイトル奪取に貢献。

並行して10代の頃から世代別の代表で活躍し、

2018年のU-20ワールドカップでは、5ゴールを挙げ世界一に貢献。

フル代表でも、翌2019年のフランスワールドカップメンバー入りを果たします。

しかし、メンバー発表後のリーグ戦で負傷し、大会直前に離脱。

4年前の想いも胸に、ワールドカップ出場へ向けて挑み続けています。

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