スポーツジャーナリスト、佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた
二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿通じて、
リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けしたいと思います

最下位からベイスターズ逆襲の主人公へ!ハマのプーさん、宮崎敏郎選手は控えめな天才だ!!


「ハンカチ世代が、今、プロ野球の中心世代だという風に思われる人たちはもっと上の方たちと思いますね。僕はペイペイなので。柳田選手であったり、田中将大選手であったりとかと比べるのは、僕はちょっとおこがましいです。」と横浜DeNAベイスターズ宮崎敏郎選手は、どこまでも謙虚だ。佐賀県立厳木高等学校在学中、宮崎選手は、早実・斎藤佑樹投手と駒大苫小牧・田中将大投手の投げ合いを「次元が違う戦いをされていると思いますし、こういう人たちがプロで活躍するんだろうなっていう目で見てましたね、」という。確かに、一度も甲子園出場のない県立高校の選手では、そう思うのも致し方ない。しかし、遅れてきたハンカチ世代宮崎選手は今や押しも押されぬセリーグの強打者だ。でなければ、FA権を獲得した宮崎選手にチームがハマの番長・三浦大輔監督の現役時代と同じ6年契約提示するわけがない。

「牧は天才です。頼りにしてます。」と、同じ右の強打者ルーキーの牧選手に対しても宮崎選手は腰が低い。しかし本当は宮崎選手こそが天才だ。宮崎選手の代名詞である右足に体重を乗せてフルスイングは「野球始めた頃から、野球始めたのは小学生だったんですけど、ほとんど変わってはない」という。しかも誰に教わったわけでもなく、小さい体でボールを遠くに飛ばそうと、少年時代に自ら生み出したというのだ。「恵まれていたのは、指導者の方にはもう好きなように打っていいよっていうのはずっと言われてたので、だからフォームを変えろとかいうのはなかった」。バッティングフォームをいじらないコーチも偉かったと思うが、おそらくいじる必要がないぐらい結果に結びついていたのだろう。論より証拠。フルスイングでも巧みなバットコントロールには定評がある。首位打者を獲得した2017年から2021年まで、4年連続で規定打席到達者内におけるセ・リーグ最少三振を記録。セ・リーグでの4年連続記録はイチロー選手が「真の天才とたたえた前田智徳さんに並ぶ記録だ。

宮崎選手の6年契約、事実上の“生涯横浜宣言”は、長年主力のFA流出を経験してきたベイスターズファンを歓喜させた。宮崎選手にとってベイスターズファンは「チームメイトみたいな感じ」だという。「やっぱり一緒になってっていうのはファンの方もそうなんですけど、思っていることは同じだと思うので。」と。

昨シーズン、ベイスターズは開幕から苦しい戦いが続き、最下位でシーズンを終えた。オリックス・バファローズがパリーグを制覇したので、ベイスターズが優勝から一番遠ざかっているチームとなってしまった。「ハマのプーさん」の愛称で親しまれる宮崎選手、来たる新シーズン、横浜の逆襲を担う中心選手として活躍を期待したい。

                モリタニブンペイ


宮﨑敏郎「他球団の評価を聞いてみたい気持ちもあった」。それでも生涯DeNAを宣言、今季への思いと「天才」と評する若手を語った

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佐藤俊

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モリタニブンペイ

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杉本早裕吏さん(新体操団体)

杉本早裕吏さんは愛知県出身の25歳。

6歳の時にお姉さんの影響で新体操を始め、高校2年生の時に新体操日本代表に選ばれます。

長い手足と柔軟性を生かしたしなやかな動きが持ち味。

強いリーダーシップを持ち、代表2年目、18歳の時から約8年間にわたって団体代表フェアリージャパンのキャプテンを務めました。

2019年の世界選手権では団体総合で44年ぶりの銀メダルを獲得。

リオデジャネイロ、東京とオリンピック2大会に出場し、見事8位入賞。

昨年11月、惜しまれながら現役を引退されました。

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This Week Hero’s Music

『 栄光の架橋 / ゆず 』

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車いすバスケットボール日本代表・香西宏昭選手のHero's Musicは、ゆずの『栄光の架橋』「リオデジャネイロパラリンピック終わってから大好きな子の曲を聴くのを止めたんですよ。まだ僕はいたってないなって。東京パラリンピックが終わってやり切ったって思えたら、また聴こうと思って勝手ながら封印して他局なんですよ。東京パラリンピックが終わって聴いてみて、ああいい曲だなって思って。いろいろ思い出しながらしみじみ聴きました。」