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スポーツジャーナリスト・モリタニブンペイが、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。豊富なスポーツ取材経験を生かし、分かりやすい言葉でスポーツの本質に迫ります。ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、 リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。
アスリート出演情報は番組ツイッターで @HeroesLandmark アスリートへの質問は lsh@fmyokohama.jp

Hero’s Music

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モリタニブンペイ

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安藤咲良

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『 Circles  /  SEVENTEEN 』

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富士通レッドウェーブの内尾聡菜選手のHero's Musicは、SEVENTEENの『Circles』。「この曲は、SEVENTEENさんって13人いるんですけど、自分達もグループで行動していて、その中で今はつらいけど前向いて頑張っていこうっていう感じの曲で、私が昨シーズン体調不良で何回も離脱している時に出会った曲で、それで今落ち込んでいるけど、前向いてみんなで頑張っていこうよって言って、好きな歌詞があるんですけど、忘れないで僕達はいつでも一緒だということを、変わらない君の手を離さないからっていう歌詞があるんですけど、本当に励まされた曲です。」

内尾聡菜選手のディフェンスは優しさだった!

誰かの為にプレーしたいを表現する内尾選手のバスケットボール人生。

富士通レッドウェーブ・内尾聡菜選手のプレーは、彼女の優しさが形になったものだった。キーワードは「誰かのため」。このキーワードは、内尾選手のバスケ人生を貫いている。

そもそも小学校4年生でバスケットボール始めたころから、中学、高校、進学の節目節目で辞めたいと思っていたという内尾選手。それを踏みとどまらせたのは、女手一つで育ててくれる母親への想いだ。「自分の才能があるからとかじゃなくて、本当に親孝行の為に続けてきた。母子家庭なので、お母さんが楽になる方向っていう視点で続けてきました。」

富士通からの誘いを受けた時もバスケットボール選手になりたかったわけではなく、判断基準は、やはり母親にとってどちらが楽かだった。「将来の夢はトレーナーさんだったんですけど、先生に、専門学校は大学よりもお金がかかるよと言われて、ならば私の今の最善な道はこっちしかないっていう感じでした、正直。」バスケットボール選手になりたいという強い意志が無くても、名門富士通のレギュラーになれているのだから、その才能たるや、何をいわんやである。

バスケットボール選手になってからの内尾選手の大きなモチベーションはファンや友人への想いだ。宝物はファンや友人からの手紙。それを手紙ボックスとよぶ箱に入れて、時折見返す。その手紙から元気貰い、この人達の為にも頑張らないとと、改めて思うのだという。

そして内尾選手の代名詞ともいえるディフェンスも「誰かのため」が表出したもの。町田瑠唯選手や宮澤夕貴選手が「キラ(内尾選手)は数字的には目立たないけど、チームへの貢献度は本当に大きい。キラのディフェンスは凄い。」大絶賛する内尾選手のディフェンス。当の本人も「目立ちたいとかは思ったことはないです。本当にチームが勝つ為に自分の役割を全うする。気付けば誰かのためにということが大きなモチベーションになっている。」と言う。

性格がプレーに出るというのは、アスリートの常だが、これほど「優しさ」が、プレーに、選手人生そのものになっているのは珍しいのではないだろうか。パーソナリティを知って、応援したくなる。内尾選手は、強くそう思わせる選手だった。

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来週のゲスト

植木理子選手

(日テレ・東京ベルディベレーザ

植木理子選手は川崎市出身の23才。

小学校5年生の時にAC等々力のサッカー体験会をきっかけに入団。

2012年に日テレ・ベレーザ下部組織のメニーナ・セリアスに入団。

チームではエースとしてセリアス、メニーナ、ベレーザのタイトル奪取に貢献。

並行して10代の頃から世代別の代表で活躍し、

2018年のU-20ワールドカップでは、5ゴールを挙げ世界一に貢献。

フル代表でも、翌2019年のフランスワールドカップメンバー入りを果たします。

しかし、メンバー発表後のリーグ戦で負傷し、大会直前に離脱。

4年前の想いも胸に、ワールドカップ出場へ向けて挑み続けています。

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