スポーツジャーナリスト、佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた
二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿通じて、
リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けしたいと思います


人が人を作り、その人がまた人を作る。

プロ車椅子バスケットボールプレーヤー

香西宏昭選手の誕生と夢


人との出会いが人を作る。プロ車いすバスケットボールプレーヤー、香西宏昭選手は及川晋平(東京パラリンピック車いすバスケットボールヘッドコーチ)との出会いを人生のターニングポイントと言う。12歳の時、及川さんが所属していた車いすバスケットボールのチーム、千葉ホークスの体験会に参加して車椅子バスケに魅了される。「体験会で車いすバスケットボールの、競技用の車イスですね、に乗ってみたんですけど、今まで乗ってた自分の車イスとは全然違って、こうめちゃくちゃ動き易かったりとか速く動くことが出来るのがまず楽しかったっていうのがすごく覚えています。で体験会は千葉ホークスの方々が中心でやってくれていたんですけど、千葉ホークスの方々がデモンストレーションで見せている時に、すごい輝いて見えたんですね。楽しそうにしているというか。何かそういう姿もすごい印象的でしたね。」社会人チームのホークスに小学生で加入、周りは日本代表メンバーというような環境でプレーをすることになる。贅沢すぎる環境だ。

次の出会いはカナダをパラリンピック連覇に導いたマイク・フログリーさん。

香西選手や「車いすバスケ界のマイケル・ジョーダン」パトリック・アンダーソン選手を育てたことでも有名な名コーチだ。「Jキャンプっていう車いすバスケットボールのクリニックみたいな、2泊3日、3泊4日ぐらいのキャンプがあったんですね。それに海外コーチとして来日してくれていたのが、当時のイリノイ大学の車いすバスケットボールチームのヘッドコーチをしていたマイク・フログリーさんでした。そこで初めて僕は13才の時に出会ったんですが、その当時から僕のことをイリノイ大学に来ないかという風に誘ってくれていたんですね。僕が13才の頃から。イリノイ大学には車いすバスケットボールチームがあるんだよとか、アメリカには大学リーグがあってねとか、そこで大学選手権優勝目指していくんだよということをいろいろ教わったんですね。節目節目に連絡をくれたり、メールをくれたりして、おめでとう、もし本当にイリノイ大学に来るつもりがあるんだったら、何を勉強したいかを考えておくといいよとか、後は高校の成績はとても大事だから学業も頑張ってねという風なメールとか連絡を節目節目で頂いて、この人本気だったのかなっていうのをちょっとずつ実感していくことになっていきました。」日本トップの次は、世界のトップが香西選手を導いたわけだ。

 しかし、名門イリノイ大学への留学は簡単なことではない。当たり前のことだが、英語の授業についていけるのか、生活もある、両親への金銭面の負担も考えなければならない。思い悩んだ香西選手の背中を押したのも、また及川さんだった。「及川さんに相談した時は、何でイリノイ大学なのって。それに僕が答えるわけですね。マイクさんの元で学びたいとか、質問に対して答えるという形で、だったらイリノイ大学だよねってなっていった、要は僕の想いを言語化してくれたのかなって、今思うと振り返ると。当時の僕はなんで相談しているのに質問なんだろうって思ったんですけど、後から考えたら、ああそういうことだったんだなって。」

イリノイ大学に進んだ香西選手は、卒業後、プロ選手としてドイツ・ブンデスリーガでプレー。挫折や困難も経験しながら、成長を続け東京パラリンピックでの日本の銀メダル獲得に大きく貢献したことはご存じの通りだ。

 香西選手は将来ご自身の経験を次に繋げたいという。「僕は次に繋げていきたいというのがありますね。次の世代に繋げていくっていうことですかね。僕が及川さんにしていただいたことっていうのは、ほんとに素晴らしい経験をさせてもらったという風に僕思っているんですね。留学して、ドイツでもプロとしてやれて、すごい人生だなって自分でも思ってしまうことが何度かあるんですね、世界中にこんな友達が出来てとか、こんなの想像してなかったなって。僕が得たような経験を、やっぱり次の世代にも経験して欲しいなっていうのはあります。なので例えば全国いろんな所に行ってみて、何か小っちゃなバスケットボールクリニックみたいなのを開いてみてとか、いろんな選手達と触れ合ってみて、次の世代に繋げていくというようなことが何か出来たら素晴らしいなっていう風に思ってます。」人が人を作り、その人がまた人を作る。素敵な話が聴けた。

                 モリタニブンペイ


車いすバスケの日本のエース香西宏昭。世界選手権で「東京パラリンピックの銀メダルがまぐれじゃなかったことを証明したい」

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佐藤俊

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モリタニブンペイ

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杉本早裕吏さん(新体操団体)

杉本早裕吏さんは愛知県出身の25歳。

6歳の時にお姉さんの影響で新体操を始め、高校2年生の時に新体操日本代表に選ばれます。

長い手足と柔軟性を生かしたしなやかな動きが持ち味。

強いリーダーシップを持ち、代表2年目、18歳の時から約8年間にわたって団体代表フェアリージャパンのキャプテンを務めました。

2019年の世界選手権では団体総合で44年ぶりの銀メダルを獲得。

リオデジャネイロ、東京とオリンピック2大会に出場し、見事8位入賞。

昨年11月、惜しまれながら現役を引退されました。

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This Week Hero’s Music

『 栄光の架橋 / ゆず 』

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車いすバスケットボール日本代表・香西宏昭選手のHero's Musicは、ゆずの『栄光の架橋』「リオデジャネイロパラリンピック終わってから大好きな子の曲を聴くのを止めたんですよ。まだ僕はいたってないなって。東京パラリンピックが終わってやり切ったって思えたら、また聴こうと思って勝手ながら封印して他局なんですよ。東京パラリンピックが終わって聴いてみて、ああいい曲だなって思って。いろいろ思い出しながらしみじみ聴きました。」