スポーツジャーナリスト・モリタニブンペイが、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。豊富なスポーツ取材経験を生かし、分かりやすい言葉でスポーツの本質に迫ります。ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、 リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。
アスリート出演情報は番組ツイッターで @HeroesLandmark アスリートへの質問は lsh@fmyokohama.jp

Hero’s Music

『 HOLIDAYS  / 木村カエラ 』

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北京・東京オリンピックソフトボール金メダリスト山田恵里選手のHero's Musicは浜崎あゆみさんの『MY ALL』。「浜崎さんも歌手を辞めたいと思った時があったみたいなんですけど、でも一緒にいるバンドの人だったりとかダンサーの人だったりとかスタッフの人達が、自分が辞めたらみんなの仕事が無くなってしまうっていう思いが凄くあった。それでその曲を作ったっていうの聞いたんですけど、つらいことをみんなで乗り越えたっていうことだったりとか、大丈夫ひとりじゃないっていうような内容なので、凄い自分の人生と重なる部分があって、それが好きな理由です。

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モリタニブンペイ

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安藤咲良

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東京オリンピックソフトボールの金メダルには、その日を待ち望んだ選手と諦めて辞めていった選手、応援した人、みんなの13年分の想いが詰まっていた!

「石の上にも3年」という諺がある。諺の世界でも3年もすれば良いことがあるということだが、本日のゲストソフトボール日本代表山田恵里選手は13年も待った。ロンドン、リオデジャネイロと2大会、ソフトボールはオリンピック競技から除外されたからだ。目標とするオリンピックが無くなって、山田選手自身目標を失いかけたこともあったようだ。「北京オリンピックの後の2年間くらいは燃え尽き症候群になってしまっていたので、その時期は辞めたいって思ってましたね。」

そこから立ち上がらせたのは、周囲の期待と山田選手の責任感だった。「ソフトボールを通じて人に何かを伝えることが使命だと思いましたし、周りの人達にソフトボールで感謝の気持ちを伝えたいっていう思いに気持ちが変わったので、そこからは辞めたいなっていう風には思わなかったですね。」

一方、長い年月、当然待ち切れなかった人もいた。「本当だったらオリンピックに出れた選手が本当に何十人もいた」と山田選手は言う。待った年月、周囲の期待、そして夢半ばで諦めた選手達の想いを抱えて迎えた東京オリンピック、山田選手を異変が襲う。「本当に背負っているものの大きさがあまりにも大きくて、私プレッシャーで体重4キロくらい落ちました。」食べ物が喉を通らずに体重が落ちたということではない。「選手村のご飯も美味しかったですし、食事は食べてたんですけど、どんどん体重が減っていきましたね、ストレス、凄いな怖いなと思って。」

多くの苦労を乗り越えてもう一度掴んだ世界一だが、再びソフトボールはオリンピック競技から外れることが決まっている。今、若手選手は山田選手が北京後に目標を見失ったのと同じ状況にいる。その若手に山田選手は責任感を伝えたいと考えている。「復活することが目標ではなくて、復活した時に金メダル取らなければいけない、金メダルを取る為にはどうするべきなのか常に考えていくべきだと私は思っている。本当に若い選手が日本を引っ張っていってもらわないといけないので、責任感っていうのは常に持ちながらやってもらえたらいいなとは思います。」

そして山田選手自身は東京オリンピックを最後に代表での活動の引退を表明、オリンピック競技復活へ、ソフトボールの普及活動で責任を果たしたいと考えていた。「普及活動、先ほどもヨーロッパで普及っていう話をしたんですけども、国内でもそうですし、海外でもソフトボールの普及っていうところに携わっていけたらなと思っています。」

日本中が感動したソフトボールの金メダル。またオリンピックの舞台でソフトボールの1番ポーズが見たいものだ。

               モリタニブンペイ

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来週のゲスト

田中美南選手(INAC神戸レオネッサ)

田中美南選手はタイで生まれで、川崎市育ちの28歳。2011年、まだ高校生でありながら、日テレ・ベレーザでなでしこリーグ初出場、初得点を挙げました。2015年から2019年シーズンまでのリーグ5連覇に貢献、6年連続ベストイレブン、4年連続得点王、

そして2018年と2019年にはシーズンMVPを獲得するなど、日本のトップ選手に成長。

2020年INAC神戸へ移籍。

昨年の東京オリンピックに全試合出場し2ゴール。

オリンピック後の9月に開幕した女子プロサッカーリーグWEリーグ田中選手はINAC神戸のエースとしてチームを初代女王に導きました。

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