スポーツジャーナリスト・モリタニブンペイが、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。豊富なスポーツ取材経験を生かし、分かりやすい言葉でスポーツの本質に迫ります。ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、 リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。
アスリート出演情報は番組ツイッターで @HeroesLandmark アスリートへの質問は lsh@fmyokohama.jp

Hero’s Music

『  がんばれ / Honey L Days 』

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横浜DeNAベイスターズ桑原将志選手のHero's Musicは、Honey L Daysの『がんばれ』。「僕自身頑張っていない訳じゃないですけど、もちろん毎日全力尽くすのが僕のモットーなんですけど、それの背中押してくれるような、さらに頑張ろうっていう気持ちにさせてくれる曲ですね。」

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モリタニブンペイ

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安藤咲良

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横浜反撃のキーマン・桑原将志選手「何とか監督に結果で恩返ししたい!」



三浦監督も「桑原が塁に出るとチームが盛り上がる」と評する桑原将志選手。4月、5月不振だった桑原選手の打撃が上昇するとチームの得点力も上昇して、ベイスターズはクライマックスシリーズが射程圏に入ってきた。まさに横浜反撃のキーマンである。

持ち味はファーストストライクから打ちに行く積極的なバッティング。ご本人も「少なからずファーストストライクから振りにいっている方が各選手いい結果出てるとは思うんで、僕はそれが典型的なたぶんタイプのバッターだと思う」という。

春先、三浦監督は「ファーストストライクから桑原いけないんだよね。」と話していた。この話を向けると、桑原選手は「逆にイケイケって言われると難しいところもありますよ。ピッチャー当然打者を崩しにくるので、その中で割り切ると自分がいけるボールっていうのをイメージして違ったら止めるという勇気も必要だと思う。」と反論した。桑原選手の言うとおりだし、おそらく三浦監督も分かっている。それでも三浦監督にとって桑原選手は、いちいち気にせずにはいられない、そういうプラスαを持った選手なのだろう。

桑原選手にとっても三浦監督は特別な存在だ。桑原選手が三浦監督が現役時代の話を紹介してくれた。「三浦監督が現役の時甲子園で投げられてて、僕がエラーして負けちゃった試合が一番記憶に残ってて。当然僕も頭真っ白になっちゃうじゃないですか。その晩一緒に食事行かせてもらったんですけど、そこで『練習しか自分を救ってくれないから』って話されて、今も僕自身大事にしている言葉なんですけど。三浦監督の現役の時知っている人だったら、やっぱり三浦監督の練習の姿っていうのはみんな脳裏に焼き付いていると思うんで。やっぱり次同じグランド立って、試合いざやる、プレーするっていうのは怖かったですけど、そこから練習に対する意識っていうのは明らかに自分の中で変わりましたし、それで少しずつ自信に繋がったっていう部分ありますね。」

今、桑原選手は「何とか監督に結果で恩返ししたいっていう気持ちは強い」という。プロとして、選手は当たり前にベストを尽くしている。しかし、そこは人がやるもの。いざという時、桑原選手と三浦監督のように心が通じ合っている特別な存在は大きな力を発揮すると思う。今シーズンのセリーグ、首位をひた走るヤクルトの優位は変わらない。しかし、クライマックスシリーズでの一発逆転のチャンスはある。21世紀最初のリーグ優勝へ、横浜反撃のキーマン、桑原選手の活躍が楽しみだ!

                 モリタニブンペイ

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来週のゲスト

落合啓士さん(ブラインドサッカー

落合啓士さんは横浜出身の45歳。

10歳の頃から、徐々に視力が落ちる網膜色素変性症にかかり、18歳で視覚障害者に。

25歳でブラインドサッカーと出逢い、2003年にはじめて日本代表へ選出されます。

2013年からは日本の背番号10番を背負い、キャプテンとしてチームを牽引。

2010年には、横浜で神奈川県初のブラインドサッカーチームブエン・カンピオ・ヨコハマ を設立。

ブラインドサッカーの普及活動とともに、地域貢献活動を積極的に行っています。

また、2020年、松本山雅B.F.C.の監督に就任。

日本初の全盲監督として指導して活動しています。

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