スポーツジャーナリスト、佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた
二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿通じて、
リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けしたいと思います

神奈川の高校球児の聖地・横浜スタジアムでの

日本シリーズの球審に「感無量」

それは野球の神様がたぶん西本審判員の努力に報いた日

東京オリンピック、数多くのメダリストが誕生している。彼らがインタビューで、もれなく口にするのが支えてくれた家族やスタッフ、裏方さんへの感謝だ。ヒーロー、ヒロインの活躍によって、報われる裏方さんの努力。ではプロ野球の審判はどうなのだろう。西本欣司審判員の話を聞きながら、ふと考えた。

毎試合正確なジャッジをするのが当たり前。目立つのはミスジャッジをした時。ミスジャッジはSNSで広がり、記憶される。リクエスト制度が始まって、審判にはさらに厳しい時代になっている。そうした多くの常にプレッシャーにさらされながら、西本さんは先月2000試合出場を達成した。これはすごいことだ。

ご本人は「僕はメンタル強くないので」と言うが、だとすれば尚のこと。ミスを減らすこと、もし仮にミスがあったとしても、切り替えて、たんたんと黒子に徹し、ゲームを進行させるためのメンタルタフネスを養わなければならない。その陰にある努力はいかばかりか。最近、「勝つか、学ぶか」というアスリートの言葉に感銘を受けたという。勝つかの反対は負けではなく、負けから何かを学ぶかなのだと。納得だ。

多くのプロ野球ファンに気付かれずに、実は非常にタフな仕事を連日こなし、その数を2000までに積み上げてきた西本さん。審判を目指した動機は、選手にはなれないが審判ならプロ野球の仕事が出来るのではないかと思ったことだという。神奈川の強豪、武相高校野球部で甲子園を目指しながら、3年生だった84年夏、県大会で桐蔭学園に2-6の敗戦を、川崎球場の1塁側の応援席で迎えた。高校球児の憧れは甲子園。その前に神奈川の高校球児は横浜スタジアムを夢見る。西本さんも、そんな神奈川の高校球児だったのだろう。

プロ野球、初めての塁審は横浜スタジアム。「ここまでやっとこれたか」と思ったという。そして2017年、横浜スタジアムで日本シリーズの球審を務めた時は、感無量だったという。夢を叶えてプロ野球の仕事についた高校球児、普段はその努力があまり報われない(僕のイメージ)審判に、野球の神様が報いた瞬間だった。

                   モリタニブンペイ

 

佐藤俊

モリタニブンペイ

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水田光夏選手(東京パラリンピック射撃日本代表)

水田光夏選手は町田市出身の23歳。

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