スポーツジャーナリスト、佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた
二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿通じて、
リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けしたいと思います


横須賀市ただ一人のオリンピック代表・須長由季選手と

横須賀の幸せな関係


スポーツが盛んで全国レベルの選手を大勢排出することは地域にとってうれしいことだろうが、一人しかいないというのは、選手側からしたら街中の応援を独占できる、それはそれで幸せなことなのではないだろうか。

今日のスポーツヒロイン、ウィンドサーフィン日本代表、須長由季選手は、横須賀市でただ一人の日本代表。「街を挙げて、近所のおじいちゃん、おばあちゃんも外に出ると、頑張ってねって声をかけてもらえる」という。

言葉だけじゃない。昨年、コロナ禍で東京オリンピックが一年延期になり、活動費が足りなくなった。この苦境を救ってくれたのは横須賀市民だった。横須賀市体育協会と地元経済人で作る「須長由季 横須賀市民応援団」が結成され、クラウドファンディングで募金をしてくれたのだ。この話を最初に聴かされた時、須長選手は驚いたという。まさか市が自分のために動いてくれて、計画も立てて、お金を集めてくれるとは思っていなかったからだ。

須長選手には、市民が応援したくなる理由がもう一つある。彼女はミキハウスの社員選手で、普段はミキハウス横須賀さいか屋店で働いている。競技に専念できないことは、競技者としてはマイナスもあると思うが、職場スタッフやお客様から直接頑張ってねと声をかけてもらって、すごく力になると前向きに捉えている。オリンピック選手が声をかけられるほどの身近にいること、応援を身近に感じられること、これはどちらにとっても幸運なことだ。

そして市で一人のオリンピック代表である彼女の存在は横須賀の街にも変化をもたらしている。今年5月には、横須賀ウィンドサーフィンアカデミーが開講した。市内のジュニアを育成し、ゆくゆくは世界に通じる選手を育てることを目指している。このアカデミーで須長選手も指導するという。彼女はアカデミーでの育成を通じて横須賀に恩返しがしたいという。

街に暮らし、街で働き、街で練習する日本代表が街に恩返しを誓う。そんな日本代表が身近にいたら、応援しないわけにはいかないではないか。海なし県、埼玉出身の須長選手の横須賀暮らしは、もうすぐ故郷よりも長くなるという。第二の故郷という幸せな関係はまだまだ続きそうだ。

             モリタニブンペイ



ウインドサーフィン須長由季、9年越しのリベンジへ。「五輪の借りは五輪でしか返せない」

佐藤俊

モリタニブンペイ

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横浜市にある森村学園で小学校・中学校で学びました。中学2年生の時に難病シャルコー・マリー・トゥース病と診断され、右ひじから先と左手の指先、両ひざより先の感覚が麻痺しています。

高校2年の時に講演会でパラ射撃の選手の話を聞き興味を持ち、19歳で競技を始めました。2019年10月の世界選手権の成績で、

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今月24日に開幕する東京パラリンピックでの活躍が期待されるアスリートです。

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