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スポーツジャーナリスト・モリタニブンペイが、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。豊富なスポーツ取材経験を生かし、分かりやすい言葉でスポーツの本質に迫ります。ケガや挫折、様々な苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、 リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。
アスリート出演情報は番組ツイッターで @HeroesLandmark アスリートへの質問は lsh@fmyokohama.jp

Hero’s Music

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モリタニブンペイ

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安藤咲良

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『 君に捧げる応援歌  /   HIPPY   』

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東洋大学所属 パラ競泳日本代表・田中映伍選手のHero's Musicは、HIPPYの『君に捧げる応援歌』。「高校2年生の時に、深井フィットネスっていうメンタルを強くするのと陸トレを出来る場所があって、そこに2年ほど通わせてもらってたんですけど、その時に流れていた曲がこれで、その曲を聴きながらいつもトレーニングをしていたこともあって、この曲を聴いていると何かキツイ時でも頑張れるので、この曲を僕のヒーローズミュージックにしています。」

内尾聡菜選手のディフェンスは優しさだった!

誰かの為にプレーしたいを表現する内尾選手のバスケットボール人生。

富士通レッドウェーブ・内尾聡菜選手のプレーは、彼女の優しさが形になったものだった。キーワードは「誰かのため」。このキーワードは、内尾選手のバスケ人生を貫いている。

そもそも小学校4年生でバスケットボール始めたころから、中学、高校、進学の節目節目で辞めたいと思っていたという内尾選手。それを踏みとどまらせたのは、女手一つで育ててくれる母親への想いだ。「自分の才能があるからとかじゃなくて、本当に親孝行の為に続けてきた。母子家庭なので、お母さんが楽になる方向っていう視点で続けてきました。」

富士通からの誘いを受けた時もバスケットボール選手になりたかったわけではなく、判断基準は、やはり母親にとってどちらが楽かだった。「将来の夢はトレーナーさんだったんですけど、先生に、専門学校は大学よりもお金がかかるよと言われて、ならば私の今の最善な道はこっちしかないっていう感じでした、正直。」バスケットボール選手になりたいという強い意志が無くても、名門富士通のレギュラーになれているのだから、その才能たるや、何をいわんやである。

バスケットボール選手になってからの内尾選手の大きなモチベーションはファンや友人への想いだ。宝物はファンや友人からの手紙。それを手紙ボックスとよぶ箱に入れて、時折見返す。その手紙から元気貰い、この人達の為にも頑張らないとと、改めて思うのだという。

そして内尾選手の代名詞ともいえるディフェンスも「誰かのため」が表出したもの。町田瑠唯選手や宮澤夕貴選手が「キラ(内尾選手)は数字的には目立たないけど、チームへの貢献度は本当に大きい。キラのディフェンスは凄い。」大絶賛する内尾選手のディフェンス。当の本人も「目立ちたいとかは思ったことはないです。本当にチームが勝つ為に自分の役割を全うする。気付けば誰かのためにということが大きなモチベーションになっている。」と言う。

性格がプレーに出るというのは、アスリートの常だが、これほど「優しさ」が、プレーに、選手人生そのものになっているのは珍しいのではないだろうか。パーソナリティを知って、応援したくなる。内尾選手は、強くそう思わせる選手だった。

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来週のゲスト

BT・テーブス ヘッドコーチ

(富士通レッドウェーブ)

BT・テーブス ヘッドコーチはカナダ出身の58歳。

実業団の黒田電気ブリット・スピリッツで選手として日本でのキャリアをスタート。

その後、カナダ、ドイツのチームを渡り歩き、1996年から指導者となります。

富士通レッドウェーブでは、2013年にアソシエイトヘッドコーチに就任し、翌シーズンからHCに昇格。

2016年からは活躍の舞台をBリーグへと移すと、サンロッカーズ渋谷、富山グラウジーズでキャリアを積み、2018年から再び富士通のヘッドコーチに復帰。

そして今シーズン、リーグ戦をレギュラーシーズン1位となった勢いそのままにプレーオフファイナルでデンソーアイリスを破り

16年ぶりのWリーグ優勝を果たしました。

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