パリオリンピック金メダルのために全てを捧げる樋口黎選手
生存本能が呼び覚まされる過酷な減量の先も続く終わりなき旅

皆さんは比叡山延暦寺に伝わる千日回峰行という厳しい修行をご存じだろうか。7年に渡って山中をのべ4万キロ歩きながら祈り続け、700日の修行を終えた5年目に食事と水を絶ち、一睡もせず、9日間ひたすら真言を唱え続ける「堂入り」という過酷な行に臨む。堂入りを終えた僧侶は「生き仏」と呼ばれ、人々を導く阿闍梨の名を授けられるものだ。樋口黎選手の話を聞きながら、僕は命がけで千日回峰行を続ける修行僧の姿を思い浮かべていた。
念じているのは、パリオリンピックの金メダル獲得という満願成就。出場を逃した東京オリンピック後の練習初日からパリオリンピックのことしか考えていないし、パリを決めた時にも達成感は無くて、金メダルを取ることだけを考えて練習していかなければと思ったという。「オリンピックは4年に1度しかない舞台で、本当に金メダルを獲る為に全てを捧げなければならない舞台。出来ることは全てやり尽くして万全の状態でパリオリンピックを迎えたいですね。」
樋口選手が全てと言うのは日々の練習だけではない。練習も含めて金を獲るための生活をして行かなくちゃならない。そこにあるのは諦めにも似た一つの悟りだ。「スポーツには運が付きものじゃないですか。どんな選手であっても、99.9%勝つっていう確立であっても何か起こる可能性がある。その0.1%の可能性を潰す運すらも僕が拾う為に、練習以外の場面でも、休養であったり、食事の内容であったり、睡眠であったり、趣味の時間の使い方であったり、金メダルと獲るに相応しい生活をしていかなければいけないっていう風には常日頃から考えています。」最後の最後、勝利の女神により愛されるような生き方をする、そういうことなのだ。
いくら樋口選手が金メダリストに相応しい生き方をしても減量免除はあり得ない。厳しい減量による飢えで樋口選手は全く眠れなくなるという。「体が飢餓状態に入ると、食べ物を探しに行けっていうホルモンが出て、全然眠れなくなるのがやっぱり辛い。」生存本能のスイッチが働きだす減量を終えた後に更に水抜きをして3キロ落とす。そこまでしたら減量で精も根も尽き果ててしまいそうだが、朝計量してそのまますぐ試合っていう流れのレスリングの場合は1番パワーを出せるくらいの筋力もつけて、ギリギリの体重を狙わなきゃいけない。絞り切った中で戦って勝つ。人は金メダルのためにここまでストイックになれるのか、そう思えてくる。
樋口選手がよく聴く音楽はミスターチルドレンの『終わりなき旅』。「ゴールっていうのは無いですね。オリンピックで金メダルを獲っても獲らなかったとしても、人生は続いていくので。」諦めにもにた悟りの中で静かに誰よりも熱く闘志を燃やす樋口選手の旅に幸あれ、そう願わずにはいられない。
モリタニブンペイ









