
Jリーグ最多得点記録は奥様のお陰!?大久保嘉人さんの良き理解者お二人の凄さが分かる話
プロアスリートが名を遺すには、飛び抜けたものがなければならない。上手いだけではだめな世界。J1最多得点記録を残した大久保嘉人さんにとって、それは、気の荒い大久保嘉人を演じることだった。この話は驚いた。
「プロ入った時に有名な選手たちがいた中で、そこまでずば抜けてもなかったので、何かをしないとダメだなという思いもあったんです。その中でデビューゴールを決めた磐田戦、すぐ退場したじゃないですか、そうしたら次の日の新聞がどでかく大久保デビューゴール即退場ってなったんですよ。あっこれはすごいと、こういうので出してくれるんだ、そしたら何かを違うことすれば有名になれるかも知れない、そうやってね、有名に、出してもらえれば、自分もモチベーション上がるし、俺やれるかも知れないっていう思いにもなるし、一回だけじゃやっぱ意味がないと思うし続けよう、そうなると悪党って言われるようになり、それを続けるのも難しいことなんです、やっぱり。批判されるし、だけどそれに負けないように、貫き通してやろうと思って続けてきましたね。」だから歴代最多の104枚のイエローカード、12枚のレッドカード、勲章だという。「いやほんとですよ、あのイエロー、累積とかなければ楽勝に200点いってますから。」
確かにそうかもしれないが、記録の陰には二人の理解者がいたことも、このインタビューで明かされた。ひとりは大久保さんが一番楽しかったチームという川崎フロンターレの中村憲剛さん。「サッカーになると憲剛さんは自分のことは何でも分かってたかからやりやすかった。」何でも分かってるとは、どういう時に感じたのか聞いてみると「ほんとにシンプルなことなんですけど、ただ自分がフォワードから下りていって、ほんとに近いんですよ。3メーター2メーターぐらいのところで、何で下りていったかっていうのが分かっているんですよ。俺は触りたい。嘉人はボールを触った方がリズムが出来るって分かっているから、そこに何の意味もないけどパスを出してくれるわけですよ。そうなると、そういう動きでもディフェンスが付いてきたらそこにスペースが開くんでっていうのも分かってくれてるんですよ。だから全てをね、どうやったらうまくいくか、っていうのをまわしてたから、そういうのほんとにシンプルなこと、を分かってるから。でもそのシンプルなことが、なかなか今まで他を見ても出来る選手はいなかった。難しくしてしまうから。」ゴールを決めた鮮やかなスルーパスとかではない。素人にはただのパス交換にしか見えなかったところに、達人だけが通じ合えるものが流れていたのだ。深すぎる。
もう一人は、現役時代一番感謝しているという奥様。「最初、FC東京からオファーが来て、フロンターレの2年目かな、そん時も憲剛さんとか、いろんな選手を呼んで家に、俺を説得してって嫁が言って来たんですよ。そん時は俺は残るってでフロンターレ残ったんですよ。」そうか、奥様がいなければ、新し物好きの大久保さんは東京に移籍してしまって、3年得点王は無かったのだ。それだけではない。いざとなればフロンターレのバンディエラまで動かしていたとなると、やっぱり一番の大物は奥様だったということが良く分かったインタビューだった。
モリタニブンペイ

大久保嘉人は別人格を演じていた。「イエローや退場がなければ200得点を超えていた。でも残念だと思わない」
